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This is Rock Steady
Written by Mandingo Williams



ロックステディとは、その前身となったスカから、よりベースラインが強調され、ゆっくりとしたテンポへと進化した音楽である。ミス・ソニア・ポッテンジャーはジャマイカ初の女性プロデューサーであり、最も偉大なプロデューサーの一人でもある。ジャマイカの音楽とそれを作った人々に関する記事や、書籍、映画には、間違いや嘘があまりにも多すぎる。アフリカ生まれのジャマイカ育ち、そしてマーカス・ガーヴェイを信奉する私が、この機会に、いわゆるアフリカ文化の専門家、あるいは権威によって形作られた嘘や誤解を正していきたいと思う。

Miss Sonia E Pottinger

伝説のミス・ソニア・ポッテンジャーとは、どんな人物なのだろうか?1931年6月21日、セント・トーマスのレイス・ホールにて、ソニア・デュラントは、父ミスター・デュラントと女性郵便局長であった母、ミス・イモジェーヌの娘としてこの世に生を受けた。両親は二人とも、国民的英雄ポール・ボーグルと同じセント・トーマスの出身であった。ジャマイカ東部に位置するセント・トーマスは、輝かしい歴史を持つ町である。クミナ発祥の地であり、数多くのミュージシャンを輩出したことでも知られる。デスモンド・デッカー、オージー・スコット、メリトーン・ミュージックで有名なブレイク・ファミリー、ロイ”I-ロイ”リード、テラー・ファビュラス、ブッシュマン、メロー・カナリー・サウンドシステム、スパニッシュ・タウンのウィップ・サウンドシステム、メントのスター歌手であるカウント・ラッシャー。そして、その息子インスペクター・ウイリーはU-ロイのキング・スターガブで有名である。ヤラーズ率いるリーズ・アンリミテッド・サウンドシステム。ラスタ・バンドであるミスティック・レヴォリューションの創始者であり、リーダーでもあるカウント・オージー(オズワルド・ウィリアムス)など、枚挙に暇が無い。

Baba Brooks  

ミセス・ボッテンジャーはキングストンのデューク・ストリートにあるセント・ジョージ(英国国教会)女学校に通って秘書と簿記を勉強し、その資格を取った。彼女の夫、リンドン・ポッテンジャーはキューバ在住ジャマイカンの家系で、公認会計士であった彼は1960年頃に音楽のプロデュースを始める。そのレーベルの名前は妻のイニシャルに因んでSEPと名付けられた。

彼はまた、1960年から61年頃にジャマイカ全土にジューク・ボックスを供給する初のディストリビューターでもあった。当時彼はロッコーラ社製のジューク・ボックスを使っていた。(ちなみに「ジュークボックス」はアフリカのバンツ族の言葉「Juka」やウォルフ語の「dzug」、ガラ族の「Juke House」を意味する言葉が語源である。西アフリカの「dzug」「dzog」「dzugu」といった言葉にも関連している。)

 リンドン・ポッテンジャーは、1963年の中頃にアフリカ人の家系としては初めてレコーディング・スタジオを始める、それはあの、コクスン・ドットがブレントフォード・ロードにMuzik Cityを作ったのと同じ年である。このスタジオは、セント・アンドリューのサンダウン・クレッセンドに程近いモーリネス・ロードの外れ、ニューバリー・アヴェニュー16番地のポッテンジャーの自宅に併設され、1964年に閉鎖するまでの一年間存続した。

彼女の音楽ビジネスにおける最初の事業は、1963年の初めキングストンのオレンジ・ストリート103番地にティプ・トップ・レコード・ショップを開店させることから始まった。そして、1965年の10月にはレコードのプロデュース業を始める。彼女の初めての作品はジョー(ホワイト)とチャックによる大ヒット、Every NIghtであった。このEvery Nightにはジャマイカ在住のプエルトリコ人男性によるスペイン語ヴァージョン ‘Todas Las Noches’も存在しており、これがジャマイカで録音された初のスペイン語のレコードとなった。このソフトなバラード、Every Nightの人気は、彼女にWIRLアワードの受賞をもたらし、さらには彼女を英国でのビジネスへと導いた。これに続けてヒットとなった彼女の2番目の作品は‘Brown Eyes’ であるが、アルトン・エリスによると、この曲は彼の兄弟、レスリー・エリスによる作曲で、当初はアルトンに与えられた曲であった。しかし、アルトンはその曲を評価せず、歌うことを拒否した。そのため、レスリーはこの曲をThe Saintに与えることになる。アルトンは、後から毎日そのことを後悔したそうだ。彼女の3番目の作品、ジョー&チャックによる ‘My Love For You’は、ジャマイカ人の誰もが認めるバラードの名曲であり、これもまたヒットを収めることになる。彼女のレコード・レーベルはGay Feet, Excel, Rainbow, High Note や Disc Pressers、そして彼女が一人前のプロデューサーとして初めてゴスペルやクリスチャンのレコードを録音したthe Gloryなど、多岐に渡った。

 

Eric Monty Morris

このアルバム「オレンジ・ストリート・スペシャル」には最高なロック・ステディが凝縮されている。収録曲は、フェデラル、ダイナミック、そしてランディーズの各スタジオで制作されたものだ。この15曲は60年代にジャマイカのサウンドシステムでプレイされていた言わばオリジナル・ダンスホール・ヒッツでもある。1曲目のボビー・エイトキン(偉大なるローレル・エイトキンの兄弟)とカリビーツによる‘Orange Street Special’は、その名が示す通り、沢山のレコードショップが軒を連ねていたことから、‘Music Street’ あるいは ‘Beat Street’として知られていた、あのオレンジ・ストリートに捧げられた曲である。ボビー&カリビーツによるもう一つの曲、「スカラムーシュ」は当時ジャマイカで人気のあったチャンバラ映画からそのタイトルが引用された。スパニッシュ・タウンの有名なレコード・プロデューサー、ハリー・ムーディーもまた、この映画に影響を受けて、ウォータールーの自宅で開催していたダンスをスカラムーシュ・ガーデンズと名付けていた。ケーブルス ‘Fast Mouth’とロイド、そしてグレン(後にプロデューサー、メロディカ・プレーヤーとして有名になるグレン・ブラウン)による‘Rudies Give Up’やコンカラーズの‘Come Let Us Dance’、ジュニア・ソウルの‘ Miss Cushie’、バレンタインズの‘Stop The Violence’、 ジョニー・アンド・ザ・アトラクションズの ‘Let’s Get Together’ と ‘Cross My Heart’、恐るべきエリック ‘Monty’モリスによる ‘Play It Cool’ 、オリジネーターズの ‘Hot Iron’ と ‘Watch Yourself’、ヒッピー・ボーイズ (後のアップセッターズ) による‘Seven Heaven’ そして、その他の曲も含めた全ての曲は、ロック・ステディの歌詞が持つ意味の広さ、深さを表している。それは様々なテーマを幅広くカバーしており、愛、非暴力、猥談、自己意識、から固い友情まで多岐に渡る。

ここで全てでは無いが何人かアーティストを紹介しておきたいと思う

ボビー・エイトキンこと、ロバート・シモンズは1933年、キューバのハヴァナに生まれた。彼の父はジャマイカのセント・アン出身の腕の良い大工で、母はセント・エリザベスの出身であった。彼の両親は新婚旅行でキューバにやって来たにも関わらず、そこに居着いてしまい、ついにはそこで5男5女を設けるまでになった。一家がジャマイカに帰国したのは、ボビーが4歳の時で、彼らはセント・アンドリューのホワイトフィールドに移り住んだ。不幸にも、それから間もなく彼の両親は他界してしまい、子供たちは離ればなれになってしまった。道端で見ず知らずの者との生きて行くことを余儀なくされた兄弟たちと同様に、ボビーもまた、貧困者向けの老人ホームにしばらく身を寄せていた。そんな彼にレンガの取引を教えて、犯罪の道から救ったのは、彼の叔父であった。彼は10歳にも満たないころから、ギターに興味を持ち始め、自分で作ったり、人から借りたりしたギターで練習に勤しんだ。音楽界のスターであった年上の兄ヘックバーン・サイモンが、自らをローレル・エイトキンと名乗っていたことから、彼も名前をロバートから、ボビー・エイトキンに変えた。そして、ボビーは彼の初めてのレコーディング、‘Crackers Rush’ を歌うことになる。そのB面には、スパニッシュ・タウン・ロードのトゥー・マイル地区でサウンドシステムを所有していたカウント・Pの‘Hello’ が収められている。どちらもボビーが書いた曲であったが、この時彼は一切楽器を演奏しなかった。1960年には不滅の名曲‘Never Never’ をフェデラル・スタジオでプリンス・バスターのために録音する。同じ年、彼は自らのバンド、ボビー・エイトキン&カリビーツを結成する。本人によると、このバンド名は人々に「音楽を届ける」(Carry the Beat(music))という意味で、‘Caribbean Beat’を縮めたのではないそうだ。このバンドはコクソン・ドットとリンドン・ポッテンジャーに沢山の曲を提供したが、キング・エドワーズには一曲も提供しなかった。セント・マリー出身のヴィンセント・ホワイトはこのバンドのリーダーでベーシスト。ウインストン・グレナンがメインのドラマー。そして、アンセル・コリンズは当初シンガーとしてスタートしたが、ボビーとしては彼はドラムを演奏するべきだと考えていたそうで、その後彼はキーボードを担当することになる。インスト曲‘Orange Street Special’ はリンドン・ポッテンジャーの為に録音されたものだが、‘Scaramouche’は自分自身の為に録音した曲だと彼は語った。このバンドはジャマイカでも最高のバンドの一つで、エチオピアンズやカール・ドーキンスの‘Baby I Love You’など、サー・JJ・ジョンソンのほとんどの録音や、‘The Russians Are Coming’, ‘ Conversation’ などの初期バニー・リー・プロダクションなども、彼らによる演奏であった。1975年キリスト教に改宗したボビーは現在フロリダに住んでいて、聖職者ロバート・シモンズとして知られている。

Glen Brown

ロイド&グレンは、‘Cuss Cuss’やロイド&デヴォン(ラッセル)の‘Red Bumb Ball’で有名なロイド・ロビンソンと、後にあのPantomime とSouth East Musicレーベルのオーナーとなるキングストン出身のグレン・ブラウンによるデュオである。グレンと私はキングストンにいる頃からの友人である。彼は役者であり、熟達したメロディカ奏者でもある。

ヴァレンタインズは、実は1964年キングストン中央のワイルドマン・ストリートで結成されたシルバートーンズのことである。彼らのデビュー曲はデューク・リードからリリースされた ‘True Confession’ である。彼らとは60年代にワイルドマン・ストリートにいた頃からの友人である。キース・コーレイ、ギリモア・グラント、デルロイ・デントンの3人がオリジナルのメンバーであったが、デントンは内輪もめが原因でグループを離れてしまう。その代わりに加入したのがもう一人のワイルドマン・ストリート出身の男、「メガネ」である。その男アール・グラント、通称ガリー・バーバーは、サビナ・パーク・テストのクリケット場にほど近い、サウス・キャンプ・ロードの側の小さな水路で客を散髪していたことからこの名が付いた。彼はギルモア・グラントにリードを歌ってもらおうといくつかの曲を書いた。ガリー・バーバーとソニア・ポッテンジャーは友人通しで、彼はヴァレンタインズの面々を彼女の元に連れて行き、ヴァレンタイ・ブラザーズとして紹介した。彼らはギルモア・グラントをリード・シンガーとして、ミス・ポッテンジャーがそのタイトルを ‘Blam Blam Gun Fever’ に変えたという曲 ‘Gun Fever’ や ‘Stop The Violence’などを録音した。

ジュニア・ソウルという名前を見て、自らをジュニア・ソウルと名乗っていたフェデラルズ(ジュニア・スマイクル、デビット'スコッティー'スコット、フランクリン・スペンス)のスマイクルと混同されるかもしれないが、このアルバムに収録されているのは、それとは別人で、こちらが本家本元のジュニア・ソウルである。本家ジュニア・ソウルはポートランドのスイフト・リバーの生まれで、本名をメリビン・スミスという。彼はファルコンズ・バンドでデニス・ブラウンやノエル’バニー’ブラウン、シンシア・リチャーズなどと一緒に歌っていた。また、デリック・ハリオットの為に‘ Soloman’を書いたのは彼である。このアルバムに収録されている ‘Miss Cushie’はソニア・ポッテンジャーの元で録音された彼のデビュー曲で、本人によるとこの時コーラスを歌ったのはエチオピアンズだったそうだ。後に彼はジュニア・マーヴィンと名前を変える。その理由はもちろん、彼への憧れからジュニア・ソウルという名前を盗用してしまった床屋のスマイクルと混同されされない為である。彼は‘Miss Cushie’を1967年から1969年の間に録音した。この曲でコンガを演奏しているのはカウント・オージーとそのグループである。ジュニアによると、ポッテンジャーの主要なセッション・ミュージシャンであったウィンストン・ライトやハックス・ブラウン、ジャッキー・ジャクソンもこのセッションに参加しているそうだ。70年代の忘れられないヒット、‘ Police & Thieves’や‘Cool Out Son’は、ジュニア・マーヴィンの名前でリリースされている。

ジョニー&ザ・アトラクションズは、短命だったがとても才能のあるグループであった。1967年にリードを務めていたのがルパート'ジョニー'ジョンソンで、ミルトン・グリーランドともう一人(ジョニー曰く名前が思い出せないそう。)がアトラクションズであった。しかし、グリーンランドがアメリカに移住したことをきっかけに、ジョニーはグループを解散してしまう。このアルバムに収録されている2曲、‘Let’s Get Together’ と ‘Cross My Heart’ は、本当に素晴らしい。

彼らは他にも名曲 ‘Young Wings Can Fly’なども歌っている。1944年9月14日ジョーンズ・タウンに生まれた彼はジョーンズ・タウンとトレンチ・タウンに住んでいた。彼は決して歌手活動を生業とすることはなかった。なぜなら、彼は音楽業界のあまりにひどい搾取ぶりに腹を立てていたからである。彼はコンピューター解析の主任として銀行で働いていた。ジャマイカ軍の予備役では士官であった。ともあれ、彼はテクニクスのヒット‘It’s You I Love’ や ‘Traveling Man’でもリード・シンガーとして参加しているし、1968年のジャマイカ・フェスティバル・ソング・コンペでは彼の書いた ‘ Run Come Celebrate’が第二位を獲得した。それにも関わらず、彼がグループを去ったのは、プロデューサーのデューク・リードが彼に対して金払いが悪かったことと、途中加入したパット・ケリーがリードを歌うようになったことが理由である。彼は今や立派なビジネスマンであるが、ゴスペルのレコーディング・アーティストとしても活動している。まもなく彼は福音派の伝道師としてジャマイカに帰国することを計画しているそうだ。

ミセス・ポッテンジャーは、ゲイラッツ、デラノ・スチュワート、メロディアンズ、ブレン・ダウ、マーシャ・グリフィス、ジュディ・モワット、アル・アンド・ヴァイブレーターズ、ボブ・アンディ、ケン・ブース、B.B.シートン、エロル・ダンクレイ他、沢山のアーティストとのヒット・プロダクションによって、さらなる栄光を達成した。人種や肌の色、身分、宗教に関係なく、世界中を魅了し続けるジャマイカ音楽に対して忘れることのできない貢献をしたミセス・ポッテンジャー。彼女に惜しみない賛辞と最大の敬意を表したい。

By MANDINGO (M. Williams) the Jamaican Afrikan music historian and authority.

 


ROCK A SHACKA VOL.15 QUEEN PATSY & STRANGER COLE

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ORANGE STREET SPECIAL

FABULOUS SONGS OF MISS SONIA POTTINGER VOL.2

¥2,100(tax in) DBCD-016 CD

68年オレンジ・ストリートがまだミュージック・ストリートと呼ばれていた頃、通りにはルーディー達が溢れ町はロック・ステディに揺れていた。ティップ・トップと呼ばれたソニアとリンデンがルード・ボーイにフォーカスを絞ったバッドな15トラック。

■TRACK LISTING■
1. Orange Street Special .... Bobby Aitken and The Carib Beats
2. Rudies Give Up .... Lloyd and Glen
3. Fast Mouth .... The Cables
4. Stop The Violence .... The Valentines
5. Hot Iron .... The Originators
6. Move Up .... Rhythm Bop
7. Miss Cushie .... Junior Soul
8. Scaramouche .... Bobby Aitken and The Carib Beats
9. Let's Get Together .... Johnny and The Attractions
10. Come Let Us Dance .... The Conquerers
11. Play It Cool .... Eric Morris
12. Seven Heaven .... The Hippy Boys
13. Watch Yourself .... The Originators
14. How Do You Think I Feel .... The Cables
15. Cross My Heart .... Johnny and The Attractions

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